3万円

 世の中には調子のいい人がいる。この業界も例外ではない。

 わが学部のちょっと年上の同僚(M川さんとしておく)も本当に調子がいい。今から30年くらい前の話だ。M川先生もやはり院生の頃に家庭教師をしていた。

 ある家庭教師先での話。はじめて伺い、父親と話をした。「それではお願いします」ということになって、「ところでいくらお支払いすればよろしいのですか」と相手が聞いてきた。「相場は3万円ぐらいです」とM川先生は答え、父親は「承知しました」と応じた。

 月末、「ご苦労様です」と言われて、渡された封筒がいやに厚い。中を見ると、1万円札が20枚以上入っている。「よろしいですか?」、「はい、結構です。ありがとうございます。」

 M川先生は1ヶ月3万円が相場だと言ったつもりだったが、父親は1回3万円が相場だと思ったのだ。M川先生が最後まで黙っていたのは言うまでもない。