官と民

 日曜の夜、お酒を飲みながら気分よく先週買った新書本を読んでいた。若者の就職状況、いわゆるニート現象などを扱っていて、なかなかおもしろい。ところが途中で引っかかった。文中に面接官とある。
 「官」というのは役人、政府の役職をさす。面接官と言えるのは、面接を担当している国家公務員だけであり、民間企業の場合は面接担当者などと言わなければならない。
 私立大学では教員と呼ぶところ、国立大学では教官と呼んでいたのも国家公務員だったからである。独立行政法人化の後、かれらも教員と呼ばれている。
 たとえば首相補佐官という役職がある。もともと細川政権のときに官邸機能強化のために首相特別補佐が置かれた。羽田政権ではなくなったこの首相特別補佐は村山政権で復活したのだが、この首相補佐には法的根拠はなかった。橋本政権になって、内閣法改正によって首相補佐官という役職が設けられた。「官」がついたことは、それが法律に基づく正式な役職であることを示す。

 今では言わなくなったが、教習所の指導員を教官と呼んでいた時期があった。民間の教習所であるから、これも誤りである。Jリーグプロ野球の監督を指揮官と言っているが、これも間違いである。

 なぜうるさく言うのか?
 それは文科系の人間が言葉で勝負するからであり、またしなければならないからである。たった一文字であっても、それを使う意味があり、その一文字に何らかの意味が込められている。とくに文科系の人間は、このことに繊細な神経を払わなければならないのである。
 新書の略歴からすると国立大学出身とは思えない文科系の著者が「面接官」を使っていること、また編集者(ちなみに講談社現代新書である)がそれを訂正していないこと、どちらも言葉で勝負する世界に生きている人々だけに、猛省を促したい。