ビールマン・スピン

 もう少し早く家を出ようと思ったのだが、BS1の『スポーツ大陸』の再放送に見入ってしまって、出遅れた・・・。


 見入ったのは、「スポーツ史の一瞬 喝采(かっさい)が生んだ奇跡のスピン〜フィギュアスケート デニス・ビールマン〜」。

 女子フィギュアスケートでよく見かける「ビールマン・スピン」のビールマンのストーリー・・・。

 ビールマン・スピンは、実はビールマンが編み出したものではない。彼女が演じる10年ほど前の1960年代に、当時のソ連の選手が競技会で初めて披露した。しかし、高得点につながるほどに美しく回るためには、無理な姿勢でバランスよく回転しなければならず、全く普及しなかった。誰も見向きもしないその技に、あえて取り組み、美しさを追及し、進化、完成させたのがビールマンだった。

 スケート好きの母親の影響でスケートを始め、ぐんぐん上達したこと。娘にスケートをさせるために新聞配達のアルバイトもする母。

 ジャンプやスピンが好きで、「女子選手では初めてトリプルルッツジャンプを成功させ」るものの、しかし、当時得点の3割を占めていた規程演技の練習はほとんどせず、オリンピックなどではメダルに届かない・・・。

 ビールマン・スピンも技術面では評価されるが、芸術面では評価されない。しかし、それにもめげず、彼女と母親、それにコーチはビールマン・スピンをさらに進化させる。彼女を支えたのは観客の声援、拍手だった・・・。

 1980年のレークプラシッド・オリンピックで4位に入ったあと、プロスケートのホリディ・オン・アイスから「世界選手権で優勝したら契約をする」というオファーを受け、母親、コーチとともに優勝をめざす・・・。

 しかし、壁は高い・・・。開催国はアメリカ。優勝候補の一番手はアメリカの選手・・・。そもそも規程は苦手・・・。