インセンティブ(1)

 JALカードというクレジットカードの会員誌に『アゴラ』という雑誌がある。この雑誌にグレゴリー・クラークが「異文化交流録」というエッセイを連載している。クラークは外交官を経験したのち、上智大学で教え、その後多摩大学学長を務めた。現在は秋田にある国際教養大学の副学長である。産業分類で有名なコーリン・クラークの子息とのこと。

 2月号の「異文化交流録」は、「インセンティブ」というタイトルで、日本の大学教育について論じている。ちょっと宣伝めいたエッセイになっている(これについては別に触れる)が、主張はわかりやすい。

 「日本の大学生は一生懸命に勉強するという意欲に欠けている、という批判」がある。クラークはこの「批判に反論しようとは思いません」と述べながら、教室内では意欲のない学生であっても、たとえば学園祭では学生が積極的かつ自主的に運営している、一生懸命になっているという事例をあげる。両者の違いは、充実感、目的達成感の有無であり、学園祭の場合には、そういったものが存在すると指摘したのち、以下のように述べている。

 大学教育に戻って、学部教育の現場を見るとき、充実感、目的達成感というインセンティブが不足しているのは明らかです。卒業は現実には保証されていて、将来の就職は大学の名声によって、ほぼ決まっているわけですから。
 
 日本人は周りの人や雰囲気によって影響される面が、他国の人々よりはるかに大きいと思います。日本以外の国では、人は自分のためにインセンティブを創出して、それを基盤に行動します。もし欧米や、世界の他の地域、とくに中国で、学生がより真剣に勉強しているとすれば、それは真剣に勉強したものが他にぬきんでて、勉強しなかった学生は後でその報いを受けることを知っているからなのです。

 日本で大学教育を改革しようとするなら、これと同様なインセンティブを生み出し得るシステムを構築することです。
(グレゴリークラーク・クラーク、「インセンティブ」、『アゴラ』2月号)

 「日本人は周りの・・・」の段落は、データや根拠が不明だが、それは会員誌のエッセイという性格上許容するとして、日本の学部教育において、学生に勉強するインセンティブが欠けているのは、教育の現場にいる身として、痛切に感じることである。もちろんインセンティブがあって、熱心に勉強している学生もいる。しかし、そういう学生はたいていダブルスクールで、大学の他に専門学校へ通っていて、専門学校の教室で熱心に勉強しているのであって、大学の教室で熱心に勉強しているわけではない。むしろ、専門学校へ通っているために、大学は休みがちということになる。

 さて、それではどのように、インセンティブを学部学生に持たせることができるのか。クラークの大学では、興味深い試みをしているが、それについては稿を改める。